ヴィーナス・イン・ファー/シアターコクーン [演劇]

独裁者は民衆が創りだすもの、というのはよく言われることだ。
第一次大戦で疲弊したドイツ国民は、ひとりの圧倒的な才能をもつ男に権力をゆだねた。

ヴァンダを創りあげたのは、他ならぬクジエムスキー本人である。
「Heil, Hitler!」
「Hail,Aphrodite!」


だけど脚本を読むと、やはり最初から最後まで、女性が圧倒しているんだよね。
冒頭とラストに引用される旧約聖書外典の『ユディト記』の「ユディト」は、
占領された街を救うため、自ら身を投げ出して敵軍の将軍をたらし込み、その首をあげて
街を救った女傑。

ヴァンダはなぜか、トーマスの書いた脚本の完全版を持っていて、
なぜか、1870年の衣装も持っていて、
最後には本物の、セーブルの毛皮まで出すんである(役者志望の、売春までやっていた女が買えるような代物ではない)。

「君は何者なんだ?」

「どこから来たんだ?」

ヴァンダ(Wanda)はヴァンダ(Vanda)そのものであり、またアフロディテの化身でもある。
トーマスが創りだした女が、そのまま目の前に現れた。
ならば、トーマスが服従してしまうのは、必然のことであろう。

男がどんなに女を支配しようとして、蔑視しても、
最後の最後では、女の支配を受けてしまうんだ。

やっぱ、結論は「女には勝てねー、アフロディーテばんざーい(Hail Aphrodite!)」になってしまうんですけど、他に解釈ありますか?
脚本家のアイビスさんって、すごく女性の心理を理解していて、
たとえば「スローなセックスはステキだよ」というような、いちいち納得させられる台詞がちりばめられている。
でもこれは、アメリカ文化界の一線で活躍する芸術家だから、書けるものであろう。


近代以前の欧米の文学や、それから派生する表現媒体(映画やオペラや演劇)を見る度に思うのだが、
父系社会の概念から描かれたものが多く、それにキリスト教的道徳観が入るから、
私たち東洋人には、予備知識がないとわかりづらいことがある。

ルシフェル等のキリスト教における悪魔は、他の宗教の神であるのは有名だ。
つまり、火力(暴力)を持ち得た「男」という支配者層が、他者を支配するために、
いろいろこじつけて作り上げた概念だ。
そして、人間は無意識のうちに、それを受け入れ、支配されてしまう。
男(支配者)と女(被支配者)。
キリスト教(支配者)と他宗教(被支配者/キリスト教徒が支配を始めたアフリカ、アメリカ、アジア、中東における植民地等等)。

支配されないためには、「自分の頭で考えること」が必要だ。
「あたしはあたしなの!」確固たる自我を持ったヴァンダは、永遠に支配されることはないだろう。


父系社会の象徴である全能の神ゼウス(北欧神話だとオーディン)は、ちゃぶだい返すお父さん。
でも、日本でお父さんの権力が強かったのは、開国して欧米の文化の猿真似を始めた
明治から、戦争に負けてすっかり自信喪失になった60年くらいの間のことで、
それ以外の千数百年間、基本、日本は母系社会なんです。

日本神道の大神は、アマテラス。女神なんだよん。
アマテラス様、バンザーイ!



トーマス役を、ジャニタレが演じたのは、なんというか象徴的で、
たぶん、演出のロスさんは、ジャニーズの特殊性を知らないで演出したから、
稲垣吾郎の演ずるトーマスに面食らったんじゃないかな。
女性心理を熟知しているジャニタレは、まさにトーマス役に打ってつけなんである。
(アイドルはファンを支配しているように見えるが、ファンがアイドルを創りだしてもいるので、
アイドルはファンに支配されてもいる。それを理解し受け入れられるアイドルだけが、生き残ることができる)。

そして、なんといっても、中越典子さんが良かった。
頭の軽そうな女の子から、徐々にトーマスを支配する「女」あるいは「女神」に変貌していく
過程は、見ていてゾクゾクした。
最初は体が細すぎて、もう少し豊満な女優のほうが良かったかも、と思っていたのだが、
終盤ではその華奢な体からは想像できないエネルギーを放出し、まさしく「これぞ、女」なのであった。
素晴らしい女優さんである。

クリムト画『ユディト』
クリムト.jpg




蛇足

演劇の舞台は「額縁舞台」が主流なんですが、
『Venus in Fur』はそれに輪をかけて、「額縁化」している。
ほとんど「箱庭」状態。
この考察はまた今度。



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